日本列島住む者の、哀しみは相見互いという文化

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ご存じの方もあろうかと思うが、5年ごとに出版される「五行歌秀歌集」という歌集がある。
毎年掲載数も増えてきているが、おととし発刊された歌集に、新しい項目が追加されていた。

「災害」である。

ボランティアさんは
長崎からも
阪神からも
哀(かな)しみを
知っている手を差し出して
(工藤真弓)

西日本豪雨の被災地でも、3連休初日のきのう、哀しみを知る全国あちこちの地名が目に付いた。
東日本大震災ゆかりの復興支援シールを張った宮城ナンバーの四駆を三原市で見掛けた。
呉市内では熊本県益城(ましき)町(まち)の給水車が連日、応援に回ってくれている。

災害列島に住む者は相身互い―。
頭では分かっていても手足を動かすのは簡単ではない。
おまけに、この炎天下である。
「恩返しですから」。
さらり言う皆さんの笑顔がありがたい。

この大災害で、夏休みが前倒しとなったり臨時休校になったりで、土砂のかき出しや支援拠点の準備を手伝う子どもの姿があった。
「為(な)して求めず」。
ボランティアの心を肌身で味わう、もう一つの教室なのだろう。

四半世紀前に編まれた「子ども俳句歳時記」に広島の高校生の句がある。
飢えた子はブラウン管の向こう側(森天直子)。

世情を知る利器がスマホに変わっても「向こう側」の出来事とする限り、分からぬ哀しみが恐らくある。

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