豪雨被災地に人災受難、火事場泥棒に「火盗改め」出張れ

シェアする

[`yahoo` not found]
[`evernote` not found]
LINEで送る

今から300年前、江戸の町に頼もしい捜査機関が誕生した。

そう、池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」でも描かれた、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)である。

指揮を執った長谷川平蔵宣以(のぶため)は実在の人物で不逞(ふてい)の輩(やから)に「鬼平」と恐れられ、テレビドラマの中でも、人情と性悪とを独自の感性で住み分ける、火付盗賊改方長官である。

当時は放火犯を取り締まる「火付改」と、盗っ人を摘発する「盗賊改」はもともと別組織だったようだが、8代将軍吉宗の治世で一緒になったようである。

盗みの現場から逃げるため、証拠隠滅に放つ火付けと、どさくさの「火事場泥棒」は根っこが同じと考えたようだ。

困っている人を横目にした盗みは、数ある犯罪の中でも人として最も恥ずべき犯罪の一つだろう。

ここ西日本豪雨の被災地でも、きのう不届き者3人が「お縄」となった。

浸水で避難して留守になったコンビニに忍び込み、ATMから現金を盗もうとしたらしい。

被災地での空き巣犯は、東日本大震災や4年前の広島土砂災害でも続出してクローズアップされ、現地は自警団などで対応した記憶がある。

当時は「火事場泥棒」に鬼平はどう相対したか。

現場に家紋を描いた提灯(ちょうちん)を掲げ「火盗改(かとうあらため)ここにあり」とけん制した。

現在は、新入道路の要所にパトカーを配置して、にらみをきかしている。

ところが、江戸の世であれば思いも寄らぬ問題が起きている。

「レスキュー隊の服を着た窃盗団がいる」などデマと考えられるネット情報である。

救助現場に無用な混乱をきたし、疑心暗鬼な雰囲気は灼熱の中で作業するボランティアの士気にも、少なからずダメージを与えかねない。

[`yahoo` not found]
[`evernote` not found]
LINEで送る

スポンサーリンク