沖縄住人の本音「戦前は怖いのはハブだけ。今は人が怖い」事の本質は基地の整理縮小である

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その宿の娘さんはその後、米軍車両による事故で亡くなった。
宮本を案内した元博物館員の上江洲均さんは女将から思い出話の最後に聞いて驚いたという。
当の旅館は今も同じ屋号で営まれるそうで、わが胸も詰まる。

那覇市にある旅館は、女将と娘の名を一字ずつ取って屋号にしている。
本土復帰の前夜、民俗学者宮本常一が投宿し、戦前と今とどちらが良いか尋ねた。
女将が言うには「戦前は怖いのはハブだけ。今は人が怖い」。

当時は米軍基地からベトナムへ爆撃機が絶え間なく飛び立っていた。
金網の先の補給物資を横目に、国を守るということは人を殺す準備をしなければできないことなのか・・・と宮本は自問する。
「私の日本地図8-沖縄」にある50年近く前の文章だが、古びていない。

わずか1年前、元海兵隊の軍属が若い女性をあやめた。
基地が居座る現実の証しというには、あまりにも悲しい。

事件後、軍属の範囲を縮小するなど、日米政府は地位協定に手を加えた。
しかし、事の本質は基地の整理縮小である。
きのう翁長雄志知事が「被害女性の思いに政治がどのように応えていけるか、今一度考え、行動する」と述べたのは理にかなっていよう。


ウイッキペディア

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(にほんこくとあめりかがっしゅうこくとのあいだのそうごきょうりょくおよびあんぜんほしょうじょうやくだいろくじょうにもとづくしせつおよびくいきならびににほんこくにおけるがっしゅうこくぐんたいのちいにかんするきょうてい、Agreement under Article VI of the Treaty of Mutual Cooperation and Security between Japan and the United States of America, Regarding Facilities and Areas and the Status of United States Armed Forces in Japan)は、1960年(昭和35年)1月19日に、新日米安保条約(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)第6条に基づき日本とアメリカ合衆国との間で締結された地位協定(日本での法令区分としては条約)。

略称日米地位協定(にちべいちいきょうてい、U.S. – Japan Status of Forces Agreement, SOFA)。主に在日米軍の日米間での取り扱いなどを定める。1952年(昭和27年)2月28日に、旧・日米安全保障条約3条に基づいて締結された、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(にほんこくとあめりかがっしゅうこくとのあいだのあんぜんほしょうじょうやくだいさんじょうにもとづくぎょうせいきょうてい、Administrative Agreement under Article III of the Security Treaty Between the United States and Japan)、略称日米行政協定(にちべいぎょうせいきょうてい、U.S.-Japan Administrative Agreement)を承継する。

日米地位協定をどう運用するかを協議する実務者会議は月2回日米合同委員会で行っている。

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