宝塚殿堂100人衆月丘夢路さん逝く、誕生地広島に胸えぐる映画「ひろしま」を残す

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月丘さんはこう続けた。
「いつまでも戦争を嫌がる心を、私も含めて皆さんも持ち続けてほしいことを切に願いました」。
被爆72年、あらためて胸に刻みたい遺言だ。

大やけどを負い、服はぼろぼろ、髪もちりちりの人々が原子野をさまよう。
女学校の教師は傷ついた生徒たちの肩を抱えて川に逃れ、力尽きる。
1953年公開の映画「ひろしま」は今なお胸をえぐる。

教師役を演じたのは、きのう訃報が届いた月丘夢路さんである。
松竹のスターでありながらギャラなしの出演だった。
所属会社以外の作品に出られないルールがあったが、広島出身の月丘さんは会社の上層部に直談判した。
「何かの力になりたい」。

広島ロケは延べ約8万9千人の市民がエキストラで参加した。
GHQの占領統治が前年終わり、銀幕も自由を取り戻そうとしていた。
市民らも迫真の演技で、胸に秘めてきた原爆への怒りや悲しみをぶつけた。

泥と炭を混ぜて顔に塗った月丘さんも同じ思いだったのだろう。
爆心地近くの薬局に生まれた。
劇中でモデルとされた女学校は自ら通い、多くの友人らが命を落とした。
「そのさまは映画で再現致しました」。
後援した地元新聞に3年前寄せた手紙に記している。


サンケイスポーツ

女優、月丘夢路(つきおか・ゆめじ、本名・井上明子=いのうえ・あきこ)さんが3日午後1時50分、肺炎のため東京都内の病院で死去、95歳。広島市出身。所属事務所が8日、発表した。葬儀は近親者のみで行った。後日、お別れの会を開く予定。

月丘さんは広島第一高女(現広島皆実高)から宝塚音楽学校へ入学。予科、本科を経て、宝塚大劇場で初舞台を踏み、大映映画「新雪」でデビュー。宝塚退団後、大映、松竹で活躍し、日活映画へ。その間、100本以上の映画に出演し、その後フリーとなった。2014年には「宝塚歌劇の殿堂 100人」に選ばれた。

日刊スポーツ

宝塚歌劇団の元娘役スターで、映画、ドラマでも活躍した女優月丘夢路(つきおか・ゆめじ)さん(本名・井上明子=いのうえ・あきこ)が3日午後1時50分に肺炎のため、都内病院で死去したことが8日、分かった。95歳。葬儀はすでに近親者のみで営まれ、後日お別れの会を予定している。

月丘さんは、広島県生まれで、37年に宝塚音楽学校に入学。同期には越路吹雪、乙羽信子、東郷晴子、大路三千緒らがいる。娘役スターとして活躍していた42年、「新雪」で映画デビューし人気になった。退団後は、大映、松竹の作品に出演し、日活へ移籍。100本以上の映画に出演した。

夫は10年に亡くなった映画監督の井上梅次さん(享年86)、長女は料理研究家の井上絵美氏。

代表作に、映画は「美徳のよろめき」「ひろしま」「二十四の瞳」「夜の牙」など、ドラマは「華岡青洲の妻」「犬神家の一族」など、舞台は「マイ・フェア・レディ」など。

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